手術当日(2012.7.12)

2012年7月12日

いよいよこの日が来た。
朝食は無し。
水も飲んではだめ。
尿を採る。

家族が来るまで
鉄子ブログ更新。

緑のストライプの手術着に着替えた。

8時に家族が来てくれた。
だんだんと緊張してトイレばかり。

でも、麻酔かけたらすぐに手術が終わると聞いていたので
そのことを思い出し、心を落ち着けた。
ここを乗り越えなければ次へは進めないんだよと。

時間になった。とうとう。いよいよ。

看護士さんに声をかけられ
私は笑顔を作って答える。

このまま、笑って手術室に入ろう。
そう思ったけど
さすがに手術室の大きい扉が迎え入れるように開かれたとき
その前で少し、感傷的になって
主人と息子とかたい握手をした。

そして私の後ろで扉は閉まる。

そこは手術室に入る前の大きいフロア。
なぜかカーレーサーの整備の様子を思い出す。

患者一人に数人のスタッフが付いて
血圧測って、気分を聞いたり落ち着かせたり。

手術室に入る患者が数人いて皆緊張してる。

私も緊張しまくりだったけど
スタッフさんのおかげで倒れないですんだ。

時間になり
手術室へ入る。

その部屋はかなり私がドラマなんかで見てるのと違っていた。
明るく、あたたかく、クラシックがかかっていた。
新しい歯医者さんか
マッサージルームって感じ。

麻酔の技師は若い女性。
きびきびとして。

みんなに支えられ手術台と言うより
あたたかいベッドに横たわる。
足にはふわっと暖められた水枕のようなものがかけられ
背中は乾燥予防と言って何かクリームを塗ってくれた。

「あいこさん、もう一度お名前を言ってください。
そしてどちらの胸を手術するかも」と本人確認。

さーいよいよなんだ。
といきなり緊張MAX。

スタッフさん、それを感じて
たくさん話しかけてくる。

左手に点滴の針。
口に酸素マスク。

そして「麻酔はいりますからね、リラックスしてください」と言われ
「はい」と返事。

その瞬間、周りの音がぼわーんとなって
一瞬で意識がなくなったと思う。

そして
「あいこさん、無事におわりましたよ。
目を開けられますか?」と先生の声で
目覚めたときにはすべてが終わっていた。

その間、4時間近く。

ベッドで病室へ運ばれるのも覚えている。
朦朧としてたけど、エレベーターの音も。

病室には家族が待っていて
私に声をかける。
しばらく私は朦朧としながらも
普通に話してた。

が、少ししたら
急に気持ちが悪くなってきたのだ。

「まさか・・・副作用の吐き気?」と思った一瞬で
猛烈な吐き気に襲われた。

ボタンでナースを呼ぶ。
何回も、何回も。

もう吐くものなんてないのに
苦しくて苦しくて。

主治医も何度も来てくれて
吐き気止めを入れてくれるけど効かない。

おまけに、足にはプカープカーと空気が入ったりしぼんだりする
浮腫防止の器具。
すごく不快感。

更に尿道には管が・・・・
早く取りたかった。

夕方になって、鉄子の面倒のため主人が帰っていった。
(鉄子は息子にだっこさせないのでどうしてもそうなってしまった)

息子が面会時間いっぱいまでいてくれた。
一番辛い吐き気のときも付き添って面倒見てくれた。
売店にティッシュや水を買いに行ってくれたり。
顔を拭いてくれたり。
心配そうにおろおろと見てくれてて
母親として息子にこんな姿を見せて辛かった。
でもいてくれて心強かった。
ありがとうね、と今でも思い出すといってしまう。

夜中もずっと吐き続け、
最後は顔を動かしただけでもうっとなり
ちょっと声を出すだけで吐き気が来て
苦しくてたまらなかった。

1分1分が長く。

そのうち、背中と腰が激痛。
どっちにもまともの寝返れないからか
手術中の体勢で持病のぎっくり腰が出ちゃったのかな。

夜中の3時に入眠剤と吐き気止めをもう一度入れてもらった後
その睡眠効果で朝まで3時間眠った。

6時に目が覚めたとき、
吐き気はほとんどおさまっていたのだった。
辛い夜だったけど
がんばった。

吐き気の方が辛く
傷の痛みなど全く感じなかったし
苦手の点滴も刺さってることすら意識が無かったと思う。

傷口は術後から何度も主治医とナースに確認されていたので
安心していた。

でもまだ自分で
傷を見る気力は無かった。

入院した日、手術の前日

2012年7月11日

朝早く起きた。

簡単に朝食。

主人に荷物を持ってもらい
家を出る。

出るとき鉄子の顔を見て、ちょっと感傷的になったけど
振り切るように出かけた。

お天気は良くて旅行にでも行くんじゃないかと錯覚。

行く途中、電車の中から見た青い空に
白い月が残っていて
なんだか感動していた。

ずっとその月を見ながら山手線、恵比寿で乗り換える。

病院の駅。国際展示場に着いたときも
白い月は付いてきていた。

病院に入る。
もう後戻りできないんだな。

入院受付の前のソファに座って順番を待つも
旅行かばんを持った人ばかりのその場所は
さながら海外旅行へ行く空港のロビーの様でもあった。

手続きを済ませ、病室へ、
9階、大きな窓には東京タワーの見える景色が広がり感じがいい。

病院で貸し出されるパジャマを着て、すっかり入院患者となる。

そこで昼食の時間。
早速、病院のご飯。
かなり美味しかった。

午後から病院生活の説明。

麻酔科の医師の説明。

そして怖くてたまらなかったセンチネンタルリンパ生研の注射。
翌日の手術予定の4人、連れ立って
地下の検査室へ行く。

私は2番目。
1番最初に入った人が「痛いよー」と胸を押さえて出てきた。

もうここまできたら
仕方ないもの。

覚悟を決めて注射を受ける。
「痛いですけどがんばって」と医師に言われた。
4回の注射。
1回目と2回目が痛い。
でも、がんの細胞を取ったときの方が痛かったな。

無事に注射を終えて主人が待ってる病室へ戻る。

パソコンの無線のことなど全部やってくれた主人は
鉄子のことがあるので
帰ると言う。

翌日の手術は朝の8時40分。
8時までは来てほしいと伝えて
主人を送り出す。

それからシャワーを浴びて髪も洗って。

晩御飯はなんだったろう。
もう思い出せないが美味しかったと思う。

食後、 売店でT字帯と前開きの柔らかいブラジャーを買った。

あとは手術を待つだけ。

夜は消灯の9時には眠れない。
家の仕事をパソコンでリモートコントロールして手伝っていたら
看護士さんが来た。
「眠れなかったら入眠剤だしますからね」と優しくいってくださったが
またまた、私はぐっすり眠っていたのだった。
自分でもびっくり。

しかし、さすがに朝の5時に目を覚ましてしまったのだった。