手術翌日

2012.07.13
手術翌日の朝。

ナースに手伝ってもらい
着替えをしました。
手術から戻った私は胸帯とT字帯というすごい格好だった。

まず、尿道に通した管が外れました。
そして胸にタオルを当てて
その上から柔らかいブラをしました。

T字帯は処分。
下着をはいて
病院からのレンタルパジャマを着せてもらいました。

脇に刺さった2本のドレンの先には
体液を溜める袋があり
それを入れて動くために
肩からポシェットをかけました。
可愛いいちご模様のポシェット。
ナースが選んでくれたそうです。

そして一人でトイレに行けるかやってみて
次にナースに付き添われ、
廊下を歩きます。
ふらつかず歩けたので
「もうなんでもしていいですからね」との説明。

「え!もういいの?」と驚きながら
朝食を待ちました。

おかゆが出ました。
3分の1くらいしか食べられなかった。
でも、体に染み渡る美味しさでした。

食後に点滴の針も抜け、更に楽になりました。

でも熱が38度近くあり、やはりだるい感じ。

そこで、前日のことを思い出す。
麻酔の副作用で悪夢のような吐き気の中、
主治医が「残念ですが転移があったので抗がん剤をすることになった」と
言っていた気がしました。

主人に聞くと
「いつ言おうかと思っていたが・・・」と
なんだか私のことを気遣って
少しずつ前日の主治医の話をしてくれました。

そうか・・・
手術の前段階の検査では
転移は認められないってことだったけど
やはり開けてみないとわからないことだったんだ。
抗がん剤か・・・
髪の毛抜けるし、吐き気がひどいらしし。。。
なんだか、気持ちが沈みましたが
暗くなっても仕方ない、
がんばるんだ!って決意をしました。

この日は前日の疲労と
まだ麻酔の影響で
ぼんやり寝たり起きたり。
怖い夢を見たりしていました。

傷はほとんど痛まず、
ただ、脇のリンパ節をごっそりとったので
痺れと違和感がありました。

リンパに転移があったということは
血液を介し全身にがん細胞が到達して
いつか再発、転移する可能性が高くなりました。

これからの生き方、自分の生きる意味、
家族のことたくさん考えないといけません。

夜になると病室の窓に広がる美しい夜景を見ながら
かなり感傷的になったりしていました。

転院から最終診断まで

2012年5月25日
がん研有明病院での初診。
診察が午後からだったので
午前中、マレーシアから帰国中のブログ友達のゆんこさんと
お会いした。
ゆんこさんは2006年に乳癌の手術を受けて
術後6年目の方。
大変な月日を乗り越えて今は元気に
パピヨンのLEVIN君とご主人とマレーシアに住んでおられる。
色んな話をお聞き、
たくさんのことを知ることができた。
今度の病院は遠いと思っていた。
ところが実際には家から1時間くらい。
電車の線が新しく開通し
我が家からいつの間にか近い場所になっていたのが
幸いだった。
以前だったら1時間半はゆうにかかっていた。

病院の雰囲気はとても静かで、
呼び出しはすべてPHSで指示される。
名前を呼ばれるのは中の待合室くらい。
広いスペースにゆったりとした待合室。
中庭のグリーン。
とてもいいなと思った。

最初は女医さんの診察を受ける。
丁寧に今までのことを記録、
そして診察。

再度、前の病院から持参した細胞のプレパラートを
こちらの病院で検査し、診断を下しますとのこと。

その結果が6月2日に出る。

手術のために精密な状態を検査していくため
病院のスケジュールの中に
私の検査日が組み込まれた。

その日も5時過ぎまでかけて
検査をこなすことに。

マンモグラフィー。
これは最新式の機械。
そして技師の方がすごく上手で痛くなかった。

乳腺超音波検査。
これは胸の患部辺りにゼリーを塗って
検査するものだが
すごく長い時間かけて丁寧に診察。

心電図検査
これはすぐに終わった。

かなり時間がかかった初日だったけど
病院の雰囲気も気に入って
やる気が出た日となった。

しかし、家に帰ると、鉄子が
きゅんきゅん鳴いて
主人が困り果てていた。
初めて長い私の不在で不安だったらしい。
お腹まで腸がギュルギュル。
これには困った日だった。

私が全面的に面倒見て
いつも家にいて、
過保護にしてしまった鉄子。

私の入院中、耐えられるだろうか・・・
それが心配でたまらない。

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2012年6月2日
細胞診断の結果を聞きに。
夫婦で来るように言われていたので
朝から二人で出かける。

鉄子はこの日、息子がお休みのため
一人にせずすんだ。

病院について、
採血、6本も。
途中で気の弱い私は気が遠くなった。
でも、この病院の採血は痛くなくて上手だと思う。

そして採尿。

次に
胸部立位レントゲン撮影。
名前呼ばれてレントゲン室に入ると
自動音声で案内流れてびっくり。
そして金属無しの上半身Tシャツ、下はそのままジーパンで。
正面と左右の横向き各1枚ずつ。
横向きのレントゲンなんて初めてだった。
検査の最後は肺機能検査。
結構ほめられるくらい肺機能はあるとのこと。
一安心。

この日の検査では採血が嫌だった以外は
痛くないので平気な日だった。

全部の検査が終わった後。
女医さんの診断結果。

細胞診断の結果、やはり癌は間違いない。
しかし、顔つきの良い癌で
進行はslow.
ホルモン剤の使えるタイプ。

しかし、リンパ節に大きく腫れた部分があり
転移が疑われる。

この女医さんの話では
最初に抗がん剤で小さくして
それから手術という方法があるとの話。
(これは後日、変更になる)
そして、表在リンパ超音波検査が早まり、
ほとんど検査を終えたところで
希望した主治医のM先生に診てもらえることが決定した。
ふたりで、転移あってもこれからも
がんばろうと話しながら電車に乗る。

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2012年6月5日
MRI
これは私がもっとも怖いと思っていた検査。

検査前に左手に金属ではないという点滴針を刺す。
そこでもう私はOUT状態。
その針が気持ち悪くて、挙動不審。
前の人が終わるのを待つ間、
最悪の気分だった。
普通の人はきっと点滴針、平気なんだと思う。
わたしはどうしても苦手だ。

そのまま呼ばれた検査室へ。
まっすぐ歩けなくて支えられた。
情けないけどがに股状態。

でも、ベッドにうつ伏せで寝てしまえば
もう時間が過ぎるのを待つだけ。
30分から40分だった気がする。

ヘッドフォンでクラッシックが流されるが
大音量の検査の機械の音、がんがんすごかった。
途中で「点滴入れます」といわれ
身構えた。
すーっと冷たいものが流れてちょっと気持ち悪い。

でも、終わった!
自分でもがんばったと思った。(おおげさ)

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2012年6月6日
骨シンチグラフィ検査。

これもちょっと怖いなあと思いながら受けた。

骨に癌が転移していないかの検査。

朝10時半に放射性医薬品検査薬を静脈注射。

それが骨に行き着くまでの時間を3時間ほど空けて
X線検査。
3時間の間、病院内をフラフラしていた。

そして、だだっ広い部屋で
遠隔操作されるX腺のカメラが
目の前まで迫り40分近くじっとしての撮影。
最後は眠ってしまった。

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2012年6月8日
表在リンパ節超音波検査。

体表面のリンパ節の肥大の有無の検査。
乳房を超音波するときよりも
違う場所をぐりぐり検査。
何回もぴっぴっと撮影されるのが
とても気になったけど
痛くない検査だった。

帰りに田無で降り買い物。
電車に乗り間違って
3つ先の駅まで連れて行かれてしまった。
ぼんやりしてるんだなと一人で苦笑。

次の診察は
主治医のM先生の診察。
緊張してる。
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2012年6月13日。
いよいよ主治医のM先生の診断日。
主人も来るように言われていて
二人で出かける。

16時の予約だが、患者さんを多く受け持つM先生なので
かなり待つ覚悟で来て欲しいといわれていた。

15時半に着き、待つこと1時間半。
先生の診察を受ける。

写真でお顔は存じ上げていた。
厳しそうな表情だったが実は素朴で優しい先生。
よかった。
「これは自分では気がつかない癌ですね」と
優しく言ってくださった。
そして「あなたの癌は治療すれば治ります」とも。

ただ、リンパ節が大きく腫れているので
リンパへの転移がかなり疑われるとの診断。
それを確かにするために
リンパに針を刺す検査をすることになった。

その結果により抗がん剤ありとのこと。

もしリンパに転移がわかれば手術は7月2日。
そういわれた。

覚悟して家に帰る二人だった。

私は抗がん剤で全身の毛が抜けるとの事を聞き
カツラとか調べ始めて。

抗がん剤での副作用
吐き気、だるさ、爪がはがれるなど
受け入れる覚悟をした。

そして主人が今後の診察は全部
付き添うといってくれた。
痛みを一緒に分かち合うと。
ずっと迷惑かけたくなくて一人で
検査に出かけていた私だが
ここのところの精神的不安が大きく
この言葉で気持ちが安らぐ。
中庭で仕事しながら待ってくれる主人。
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2012年6月15日
乳房所属リンパ節穿刺の超音波検査。
名前見ただけですごく怖い。
また麻酔無しって聞いていた。

主人も心配そうに付き添ってくれたが
診察待合室へは一人で。
同じ検査を終わった方が、胸を押さえて
ちょっと涙ぐんで出てくる。

はーー。。。怖いなあ。

名前呼ばれ、診察台へ横になる。
わきの下をエコーで
針を刺す場所を探す。
これがかなり時間かかって、
二人の技師さんの話し合いが長かった。
そして刺す場所が決まり
「あいこさん、がんばりましょうね!」と気合入れられ
ますます、緊張。

もう、目をつぶって
頭の中でみんなの名前を呼んでいくことにした。
じいちゃんからばあちゃん、主人、なおき、鉄子・・・
長い時間かな、
でも5分くらいかな、痛くて気持ち悪くなりそうだった。
でも、終わりはあっけなく針を抜いて終わり。

よろよろしながら胸を押さえて、
待合室にいた主人の横にどたっと座り込んで
しばらくじっとしていた。
あー、もうぜったいあれはしたくないなあ。

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2012年6月19日
採血、3本。
腹部超音波検査。

採血は前の6本に比べたら
平気だった。
ちょっとだけ、採血平気になった。
大人気ないけどどうしても針が怖い。苦手。
これから手術するのにこんなで平気かなあとか思う。

朝から食事抜きで3時に腹部の検査。
これは超音波での検査なので
痛くないけど、
かなり長い間、真上、横向きになってとか
ぐりぐりやられた。
お腹に転移があったら嫌だなあとか
考えながら、先生の指示に従って
息を吸ったりとめたりした。

そしてこれで
すべての検査終了!

長かった。
全部の検査、何個やったのかな。
やり終えた充実感。
後は、最終診断を待つだけだった。

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2012年6月22日
主治医M先生の最終診断。
私は目がうつろでトイレばかり行ってた。
朝9時の予約だったので、
遅れないために、家を6時に出た。
大雨の日で案の定、電車が遅れた。
早めに出て正解。

病院に8時に着き
サンドイッチを買って二人で食べた。
あんまり食欲なし。
今日の結果を聞くのがすごく怖くて。

この日はiPodで曲を聞く気にもなれず。
ひたすら、座って、なんだかため息ばかり。

そして、
とうとう診察の時間がやってきた。
PHSがブルブル言って、診察室へ入るように指示。

二人で先生に挨拶。
そして座る。

先生は
PCの映像を見ながら
はじめから説明をされるも
難しい顔で、あったので
「ああ、、やはり転移してたんだ」と落ち込む。

しかし、次の瞬間、先生が
「リンパへの転移はなかったんです」と言われる。

「え!そうなんですか!」と驚く二人。
ほんとに!ほんとに!良かった。そう思った。
(↑ しかし、これは後日手術中に転移ありとわかる)

手術は7月中旬の日と
先生はスケジュールを説明。
その日でいいですか?と聞かれる。
「もちろん、いつでもだいじょうぶです」と答える。
声が上ずりながら。

リンパに転移していなかったことで
これからの私の体の状態も
治療方も大きく変わる。
抗がん剤を
しないでよい方向になる可能性が大きくなった。

そして先生は笑みを浮かべながら
「よかったですねー」と
私たちの顔をかわるがわる見ながら言ってくださった。

私はその瞬間、思いがこみ上げて
涙がこぼれ、こらえきれず嗚咽しそうになった。
もう、泣かないと決めていたのに。

でも、うれしかったからしょうがない。

そして腰が抜けてしまって
椅子からうまく立ち上がれず、
主人に支えられて中待合室に戻る。
主人の目も潤んでいた?気がする。
かばんから、大雨で用意してきた大きいタオルを出して
涙を拭いていたら、主人が子供の頭をなでるように
私の頭をとんとんとなでた。

二人で転移の無かったことを喜んだ日、
一生忘れない。

乳癌とわかったとき、
死への恐怖も大きかったのですが
切ってしまえば治ると楽観していました。

恐怖から逃れるため
そう思い込もうとしていました。
しかし、色々と自分なりに
調べるうちに、
そんな生易しいものではないと知りました。

特に乳癌はリンパ節に近い部分に発生するため
全身に転移しやすい。
術後も抗がん剤、ホルモン治療、放射線、などの
治療を継続していかないと完治したとはいえないのです。
それは再発があるから。

癌の種類も状態もその個人で様々で、
まったく同じことはありません。
再発する時期も10年以上たってのこともあるようで
ぜったいに気を抜けない病だと思います。

克服されているかたのお話を聞きましたが
その精神的なお辛さ、
術後の体の不調を耐え忍んだこと、
長期継続しての通院など、
本当に大変なことだったと思います。

一言でいえないお辛さだったでしょう。

私もこれから手術を受け
自分の身がどうなるかわかりませんが
ずっとずっと少しでも長く生きられるように
できる限りのことをしていきます。

そして、周囲に迷惑かもしれないけど
辛いときは正直に言って
助けてもらおうと思います。
私は、

「がんばって!」
「もう少し!」
「よく我慢した!」

って言葉をかけてもらうだけで
すごく元気が出るのです。

そして痛みをわかってくれて
「痛かっただろう、たいへんだったね」って言ってもらえたら
なんだか、救われる気がするわがままな私です。
これからも
どうぞよろしく。

そして今からは入院、手術に向けての
準備に入りますが
毎日鉄子の写真を撮っていきます。

お留守番が多くなる鉄子です。

がんばって
待っててね。